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2011.7.11:裏描写までたどり着いたら裏に格納しますSSその1(2周目「春がきたら」の続き)

「そう言えば、貴様は今晩どうするの?」
喫茶店を出てロビーに着くと、それまで無言で先陣を切っていた冥が振り向いてそう尋ねる。

「自宅まで帰るつもりかしら」
時計は、11時過ぎを差している。帰れなくはない時間だ。

「――いや」
だが、どちらにしろ明朝また見送りに来るつもりなので、わざわざ戻るのも効率が悪い。
「ここに空きがあれば泊まろうと思う」

御剣がそう告げると、冥はそう、と呟くや否や、持っていた荷物を御剣の方に押し付けた。
「だったら、同室の手続きが必要ね」
そう言葉を発しながらフロントを見ると、彼女はそちらに向かうべく一人歩を進める。

その姿を何の疑問もなく――ーむしろ気遣いを嬉しく思いつつ見送っていた御剣だったが
そのうちに、ぼんやりと見ている場合ではなかったことに気付く。

――同室とは、同じ部屋で一泊するということではないのか?!

だが、そこに思い至った時にはすでに、彼女は手続きを終えて戻ってくるところだった。

「め、メイ!」
うろたえたまま、年長者としての威厳に欠ける態度で彼女を窘めようと声をかける。

「何よ」
自分の言動を深く考えていないのか、彼女は鬱陶しそうに御剣を見据えた。

御剣は小声で彼女の良識を喚起する。
「私達は仮にも男と女だぞ。同室など」

すると冥は、何だ、そんなこと、とでも言いたげに短く息を吐いた。
「二部屋も取るなんてモッタイナイじゃない」

その返答は、投げかけた言葉からずれている。
「勿体ないかどうかいう問題では――」
そのことを指摘して、改めて言い募ろうとするものの――
「くどい」

冥はそう切り捨てると、目の前の男と少し先のエレベーターを見比べた。
それから、鞭を持つ手で男の手首をぐいと引っ張る。

「行くわよ」
不意に強く引っ張られてよろめきそうになりながら、御剣は荷物を持ってじゃじゃ馬娘についてゆく。
こうなったら頑として耳を貸さないことを、長年の経験から熟知していた。

人命や検事生命に関わる話でもないだけに、御剣の中に無条件で阻止しようという力も意志も湧いては来ない。

そんなわけで御剣は引っ張られるまま前進していたが、
それでもどこか納得のいかない部分が彼女に疑問のような感情を投げかけた。

「君は一体何を考えているのだ」

冥はもう18だから、彼女と御剣が一晩同室したところで社会的に問題になるわけでもない。
だが、自分に好意があると明言したばかりの男を連れ込むのは軽率ではないだろうか――御剣はそう思うのだ。

そんな思いによる問いかけに対して冥が返した答えは、あっさりとしたものだった。

「貴様には、義務があるからよ」
エレベーター前に着いた彼女は、掴んだままの御剣の手を使って機体を呼ぶボタンを押す。
その目は男の方を一切見ずに、高層から降りてくる数字をじっと見つめていた。

「義務、だと?」
「怪我が心配だから、私を引き留めたと言っていたわね?」

「確かに、そうだが――」
それは確かに重要なことだったが、最大の理由であるかどうかは難しいところだ。

彼女もそこは理解していると、御剣は感じていたのだが――

「だったら一晩、私を介助する義務があるわ。」
彼女は疑問の余地など一切ないと言いたげな口調でそう言うが、
御剣にはいささか飛躍しているように思えなくもなかった。

「介助が、必要なのか」
彼女の怪我の程度を的確に把握しきれていないため、確認を入れてみる。

裁判所の重い扉を怪我をした方の手で開け放った場面を見ているだけに
もともとそうできる位大したことなかったのか、むしろあれで悪化していないだろうか、と気になった。

「大したことはないわ」
冥の返答は、非常に曖昧なものだった。
「ただ、何しろ無理やり退院してきたものだから、予後がわからなくて」
冥は御剣の方を振り向いて、涼しそうに口元を笑わせる――目が合うことは、なかったが。

その様子を眺めながら――危険があるならば、そもそも国外に出ること自体が良くないのでは、と御剣は思った。

「そういうわけで、貴様は私を引き止めたのだから、出国までは責任をもって私に付き添うべきだわ」
正直に言って、どこが「そういうわけ」に繋がるのかを疑問に感じるくらい、彼女の言い分は飛躍しているような気がした。

しかし、 言葉の端々から、彼女が幾許か不安を抱いていることと、自分に対する甘えのようなものも見てとれる。
そう感じた御剣は、とりあえず彼女の提案を大人しく呑むことにした。
「仕方がないな」

御剣がそう応じると、冥は目を伏せて、プライドの高い猫のような誇らしげな笑顔を見せた。
「わかればいいのよ」

――もちろん御剣は、全てを納得したわけではない。

喫茶室を出た後の冥の態度が、それまでと違い過ぎる。
努めて距離を置こうとしていたのが、突然、昔と変わらないモノに感じられるようになった。

高飛車で、こちらの意向はそっちのけで、屁理屈の無茶な言葉の裏で不器用に甘えているような。
この空気は御剣にとっては、とても懐かしいものだったが――何分、切り替わりが急過ぎる。

先ほどの話で色々と吹っ切れたのだろうか。それとも努めてそうしているのか?

御剣がそんなことを考えていると、少しだけ苦手なエレベーターの扉が開く。
冥は繋がっていた手を握り直し、御剣の手に重ねてぎゅっと握りしめた。
 
 
そのまままた引っ張られて、御剣はやや不本意ながらも冥と2人、上階へと向かう箱に乗り込んだ。

 

<つづく>